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登山小説書いてます(1)

文章下手ですが、お暇な時にでもどうぞ。
主人公たちが最終的に目指す山はこの山です⛰

1.時は午後…梅雨に塗れた登山道での出来事である。荒い息遣いを嘲笑うかのように、冷たい雨が私の頭上で降り始めていた。木々の葉は鮮やかな翠色ではあるが、何処となく青臭さが漂う。所々に咲く紫陽花は陽の光を拝めず元気がない。綿のシャツ1枚では肌寒く、履いていたジーンズはすでに雨と泥水を含んで膝にピッタリ張り付いている。今の時期には珍しく、吐く息が白く漂って見えるのは私だけだろうか。東京の山といっても、そこは馬鹿にできない寒さとしか言いようがなかった。雨も本降りになり今にも身震いしそうだったので、一旦立ち止まりリュックの中を探してみることにした。寒さで頭の回転は鈍ってはいるが、片隅で見つけたビニール製の雨具を羽織ってみる。だが通気性はなく、雨と汗の板挟みでは不愉快極まりない。まぁ無いよりマシといったところか。また困ったことに山道は泥濘で滑りやすく、出立前夜に新品同様に磨いたはずの真っ白なスポーツシューズは泥に埋まるたびに輝きを失っていた。履いている靴下は一歩踏み出すごとに水分を含んだ音がして、より一層不快感を際立たせる。ちなみに早く帰りたい焦りから、さっき山頂を下っている時に木の根に躓いて右足首を捻挫したところだ。一歩一歩降るたびに激痛が走り、歩く歩幅も一定のリズムを刻めない。おかげで昼飯を食べる機会を逃したものの、緊張感と痛みのおかげで空腹がやってくる気配はない。

2.それにしても霧が濃く、景色を拝もうにも一寸先は見えず不安が拭えない。陽もすでに傾きかけている。ちゃんと家に帰れるのかさえ危ういものだ。38歳にもなって何の趣味もない私を会社の同僚が心配して登山を勧めてくれたまでは良かったが、今の自分のバカさ加減に泣きながら笑ってしまうほどだ。心底登山なんてするものじゃないと、頭の中で念仏のように唱える自分がそこにはいた。次から次へと陰湿な言葉を投げかける自分を罵っているかのように、後方から女性同士の笑い声が聞こえてくる。「こんにちはー」と言ったかと思えば、駆け下るように私の横を通り過ぎて行く。最近流行のトレイルランニングという趣向だろうか。軽そうなリュックに、軽装でスレンダーな女性達だった。ゆっくりと三歩降って顔を上げた時には、すでに女性達の姿は消えていた。一瞬何事かと唖然としてしまったが、おかげで冷静な自分を取り戻す事ができた。もともと大学のサークルでテニスをしていたのもあり、捻挫の応急技術には長けている。リュックからバンダナを取り出し、靴の上から的確に巻いた。巻き終わって横に目をやると、ちょうど杖として使えそうな木の枝が地面に落ちていた。その枝を掴んで立ち上がった後、ペットボトルの水を一口飲み込む。目を瞑って深呼吸をした後に「よっしゃ!もう痛くない‼︎」と叫び、頬を叩いてから再び下山を再開した。

3.翌朝、珍しく目覚まし時計よりも早く目が覚めた。どうやら全身の筋肉痛と右足首の痛みで起こされたらしい。この年になると翌日のほうが数倍痛い。1日の始まりとしては最悪だが、窓越しから覗かせる空は蒼色に薄赤さが差し込んで吸い込まれそうなほど澄んだ色をしていた。外では車の通る音も疎らだが、雀たちの軽快な囀りがボロアパートの薄い壁を伝って聞こえてくる。洗面台で顔を洗った後に、タオルで水分を拭き取りつつ鏡に映る自分を見つめてみた。昨日の疲労が抜けていないせいか、いつもより老けて見える。身体の節々は油の切れた歯車のようにぎこちないが、何とかインスタントコーヒーと焼いたパンにマーガリンを塗っただけの朝食を済ませる。それから仕事に行くまでに激痛で足首が悲鳴を上げそうなので、タンスの中で見つけた期限がいつだったかさえ分からない鎮痛剤を口の中に放り込んだ。準備もひと段落し、玄関でしゃがみ仕事用の靴を履きながら横に目をやる。そこには昨日の山登りの時に履いていた、乾いた泥がこびり付いた生乾きの靴が置かれていた。山から帰ってきた後に靴を洗う気力もなく玄関でそのまま脱ぎ捨て、熱めのシャワーを浴びて吸い込まれるように寝床についたためだ。汚れているのは靴だけではない。昨日着ていた汗と泥塗れの服たちは、今もそのまま洗濯機の中に放り込まれている。きっと帰ってくる頃には臭気を漂わせているだろう。このままではいけない、心まで汚れてしまう。仕事から帰ってきたら、ちゃんと靴も服も洗ってやろう。気合を入れるためにも両手で頬を軽く叩き、玄関の扉だけは力強く開けるのだった。

4.外に一歩足を踏み出した瞬間、強い日差しで目の前が一瞬真っ白になる。目が慣れるまでの間、初夏の爽やかな風が頬に当たる。視界が徐々に戻り空を見上げると、眩しい陽光に負けないほどの雲一つない青空が広がっていた。一つ思うことは、なぜ仕事に行く時に限って晴れるのか。雨男と言われても可笑しくないほど、休日出かける時に限って雨が降る。いつもそうだ、島田秋生という私は運のない冴えない男なのだ。顔も特徴のない薄い顔と言われるし、身長は175㎝と平均値以上だが中肉中背のどこにでもいる体系だ。愛想があるわけでもなく、無口で笑うことも少ない。異性との交流といえば、大学の時にテニスサークルを通じて知り合った女性と何となく付き合った。しかし趣味もなくダラダラと休日を過ごしていたせいか、その女性は3ヶ月で私を見限って別の男の所へ行ってしまった。それ以降は女性と付き合うこともなく、久しぶりに実家に帰ると両親からは「結婚はまだか」と耳にタコができるほど言われる始末だ。結婚と縁のない息子を持つ親は何処もそうなのだろうが、あまりの執拗さに仕事を理由にして2年ほど帰省していない。

5.鎮痛剤の効果もあって、何とか遅刻せずに会社のタイムカードを通すことが出来た。私の勤める会社は、大型家電量販店とは言えないものの地域密着型を意識して黒字経営を維持し続けている「タナカ電気」だ。創業者である田中社長の「お客様完全目線」という経営理念を創業時から社員一同守り続けており、地域住民の根強い信頼を獲得して今日に至っている。私はもともとは家電販売員を主とした派遣社員だった。しかし無遅刻無欠勤を貫き通し、愛想はないもののお客様に対して親切丁寧に対応したことが社長に評価され3年目で正社員になることができた。今でも田中社長のことは親以上に尊敬しており、これからもタナカ電気のために骨を埋める覚悟で仕事に従事したいと考えている。
朝礼が終わり、いつものように持ち場につくと同期の佐々木春樹が私に声をかけてきた。